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zoom RSS [雑] 複数趣味への帰還 〜うつ病と趣味、そして登山

<<   作成日時 : 2006/08/04 23:10   >>

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 いつもパソコンの事ばかりだからそれ以外のことでも書くか。実は一昨年くらいから親しい友人と時々、というかたまに百名山登山をすることにした。
 これはその理由を書こうと思って書き始めた記事である。
[推敲度 1/10]


[うつ病と病前性格]

 以前から、特に中国史を目指そうと決心していた時期には、自分の趣味の中から、中国や歴史関係以外のものを極力排除しようとしたことがあった。
 で、うつ病になってしまったわけだが、欝病に関する書物などを読むと自分を狭い範囲に押し込めようとしたり、趣味の範囲が狭かったりすることはあまり望ましい性格ではないことを感じるようになった。

 そもそも趣味の前に性格の問題がある。精神病である鬱病には、鬱病になりやすい「病前性格」があるとされている。

 あまり覚えていないのだが、その中に、一つのことに囚われやすい、というのがあった気がし、私の場合にはまさしくそういう人間で、一例を挙げると2つのことを同時に出来ない。たとえば

・人と話ながら歩いているとどこを自分が歩いているかさっぱり意識することが出来ない。
・なるべく早急に検討しなければならない課題、言い換えれば悩みが出来るとそれで頭が一杯になってしまう。
・考え事をしていると他のことがなおざりになる。

というような性格になっていて、まあこれは今から思えばいかにも鬱病になりやすい体質である。

 しかしそれならばその性格は直さねばならぬかというと必ずしもそうではない。

 私を回復に導いた前の病院の先生(K病院のH先生と呼んでおこう)などは
「うつ病は『病気』であるわけだから、自分の性格とか、日頃の心がけを改善しようとして鬱病を止められるわけではない。だから性格に関する心がけなどいらない。」
という感じの、ある意味極端に「鬱病は完全に病気、薬でしか治らない」という考え方を持っておられるようだった。

 実際 これらの性格については得てして矯正困難な場合が多い。あるいはH先生の言い方をすれば「一概に悪い性格ではない」ということで、これは一つの個性であって、無理になくさねばならぬ、というものではない感じもしている。(まあ直すのも実際には難しいし、直して変わってしまった性格が望ましいものと限らないのだろう。)

[うつ病と趣味の持ち方?]

 では性格は別にほっぽといて良いとしても趣味の持ち方はどうなのだろう?

 趣味の持ち方も性格だと考えるならば、趣味を特定の範囲に止めるというような方針も別に構わないように思えるが、自分の体験として鬱病は「暗いことで頭の中がいっぱいいっぱい」なる病気で、普段の自分の関心事に全く頭が働かなくなってしまう、という感じを抱いている。

 その際、もしも自分の関心事の範囲が広ければ心に余裕を持たせることが出来て、鬱病から来る「暗いことでいっぱいいっぱい」も、それだけで一杯にはならないんじゃないか、あるいは欝病になる以前の問題として、自分の関心の範囲が広ければいろいろなことに頭を向けるから自然と頭の中に余裕が出来て、鬱病自体になりにくくなるのではないか、という思いが、どこかでとてもある。

[趣味の偏り]

 趣味を特定の範囲に止めようとしていた傾向については、工学部時代に所属していた考古学サークル(考古学研究会)の思い出がある。そのサークルで何回か国内旅行(というか親睦会?)の話が出たのだけれどもその時
「私は中国以外に行く旅行に興味がないし、それに自分の金と時間を注ぎ込むも勿体ないと思っている」
ということで一緒に行くのを断り続けた。

 別に自分の人生を中国史に埋めようと思っていない段階でこの始末である。今から考えると誠に極端だ。
 だが実際そういう心境があったし、その後、会社などでまあ半ば付き合いの旅行などがあって参加したとしても、心のどころかで「自分は一番中国史に金と時間を注ぎ込みたいのに...」という思いを抱きながら、つきあっていた部分が多々あった気がする。

 だからこそ最後は、会社を辞めてまで、すなわち他のことはすべて捨ててまで、中国史を目指したわけだ。

 そんなこんななところで鬱病である。

[趣味のポリシーと鬱病]

 果たして今から思えば、上のような自分のポリシー「中国史関係以外には金と時間を割きたくない」というものは自分の性格上、自然なものだったのか、よく分からないものがある。

 そういう風にすることは自分の生き方に枷をはめることになり、精神的に無理があったのか、あるいは私にとってはそうすることが一番生活する上でストレスの少ない状況であったのか。

 もしそれが私の精神上、好ましいものであったとしたならば、人生のすべて中国史色に染めることにチャレンジした、言い換えれば上記ポリシーを満たすことが思う存分出来たはずの退社&大学再入学で、鬱病にはならなかったのではないか、という感じもする。

 ああ、こういう考えも出来るか。
 実際に中国史を目指そうが目指すまいが、上のようなポリシーにはどこかで無理があった。自分が中国史を好きになったこと、それにぞっこんだったことは確かだが、だからといって上のようなポリシーは行き過ぎであったのだ。

 そうである以上、たとえ会社に残ってそのポリシーを貫けない事に鬱々とするにせよ、あるいは会社を辞めて中国史を目指して、そのポリシーを貫けるようになったとしても、私の精神的には良い方向ではなかったと思われる。

 それなら一応理由はつく。(まあ実際のところはよく分からないのだけれども。)

[うつ病が治って、でも、中国史が無くなって]

 前述のようにきちんと整理したわけではなかったが、しかし漠然というそういう思いがあったし、そしてうつ病回復後は事実として中国史への思いが破綻した、こそげ落ちてしまった結果、その穴を他のもので埋める必要が出てきた。すなわち

・そもそも上のような狭い範囲に押し込める趣味のポリシーは良くない。
・中国史(読書)の趣味が欠落し、心に否応なく空白が出来た。

という2つの必要性から、自分の趣味の方向を決めつける必要が無くなり、むしろ趣味を見つけねばいかなくなった。

 その結果、私はなるべく趣味を増やそう、趣味を増やす機会はケチらないようにしよう、と思うに至る。

[考えてみると]

 これも意識したこと無かったが、このブログで多く書いている「自作パソコン」という趣味、これも実は鬱病にかかってから新たに得たもの、直った後で加速したものなのだ。(そのことは今回のブログで初めて気がついた。)

 というのも会社員時代、自作パソコンを勧めてきた先輩に私はこう言い放った経験がある。

「知識を得るには時間が必要だ。私は今、やりたいこと、時間を割きたいことが他にある。確かに得ではあるのだが、それは時間を払っての対価であり、私にとってはそれを払うほどの価値は、自作パソコンにないのだ」

 このことは4年前にサイトでも触れている。
http://dennou.stakasaki.net/xuyan-j.html#diannao

 上で言う「やりたいこと、時間を割きたいこと」が当時、中国史だったのは言うまでもない。(でもないか。ブログを読んでいる方の多くはネット以外の私の状況を知らないしね。)

 だが鬱病を機会に、私の心から中国史は去り、それとほとんど同一だった「読書をする楽しみ」もなくなって、無茶苦茶大きな穴が、心の中にぽっかりと開いた。

 それを埋めるかのように、まずはコンピュータ、特に自作パソコンなどに関心を向ける。もともとパソコンについては他の人よりは知識があったし、会社でも上司などに便利がられたが、自作パソコンについては上のように手を出していなかった。
 しかし友人に作ってもらったパソコンをチープにパワーアップしたい、しかも時間がある、という状況は否応なく私を自作パソコンの道へと進ませる。

 それからノートパソコン。片時も本を手放せなかった私の手にいつの間にか収まったのは、モバイルノートパソコンだった。
http://dennou.stakasaki.net/xiedai02_MC30-j.html

 そして工学部時代に関心を持っていた、今で言うところの「アートアニメーション」の関心を復活させる。
http://artanimation.stakasaki.net/

 さらにはこのブログで述べ始めようとしていた、親しい友人との登山である。

 なお、上記にように書いていて、鬱病後にいかにも理論的に複数趣味へと転向していったように書いたが、実際には欝病とその回復後、なんとはなしに時間を潰すために関心の方向を向けていったら、そういう趣味になってしまった、というものがほとんどである。

 その例外が登山である。登山についてはほとんど関心がなかったし、自然にそれに惹かれていった、というのではなく、親しい友人が百名山踏破を目指していたのを見て「中国旅行の趣味もなくなったし、それについて行くかな」という感覚から始まったのだ。

[複数趣味への帰還]

 と、ここで山登りについての子供の頃の思い出を書こうと思ったが、鬱病とは離れていくのでこの位で分けるとしよう。

 ともあれ、そんなこんなで、私は複数趣味の人生に、帰還した。

 どーでも良い話なんだが、この記事の最後の一行は岡崎二郎氏の秀作漫画「アフター0」第二巻の「ペルセウスの帰還」風...にしてみました。
 ついでにこの1,2年、スターウォーズがマイブームなのでエピソード6の「ジェダイの帰還」となんとなくかけてみたり。


 岡崎二郎氏はかなり良質のSF漫画を書く漫画家。決してメジャーでもないし、多作でもないのだけど「日本のメディア芸術100選」で漫画部門で「国立博物館物語」がノミネートされたりしているところを見るとそれなりの評価を得ているのだろう。

 スターウォーズに関してはエピソード6はもともと日本では「ジェダイの復讐」と呼ばれていたもの。外国では「ジェダイの帰還」が正式なタイトルになっている。もともと封切りの数ヶ月前までは米国でも「復讐」だったらしのだがルーカスの気が変わって変えたらしい。エピソード1〜3が出来てみると確かに「帰還」の方が適切なような感じではある。

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